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天音

天音のルート終わりました。

やっぱりこの作品面白いですね。話も構成も勿論いいのです他にも、雄二の考えや、時より出てくる「姉の言葉」「師匠の言葉」にも感心させられたり同意できることが多いです。


さて、本題ですが


天音のルートは以前友人に8割以上説明を聞いていたので今更特に話の内容について思うことがあるわけではないのですが、僕にとってグリザイアをやるきっかけになったルートでもあるのでそれなりの思いれはありますw


しかし、この話しってる上でみても実に憂鬱な話。

マイクロバスに乗ったバスケ部一同が夏合宿の帰りに事故にあい、救援を待ちながらサバイバル生活を送ると言ったもの。


こういう設定になるといつも思うのが自分ならどう動くか。
大抵の人が無意識のうちに考える事だと思います。

そうですね自分の場合


・負傷者が居る
・自分に発言権が少ない
・救援の見込みが低い
・周りは樹海と言いたくなるような森に囲まれている
・食料に何がある
・自分は無傷、もしくは軽症

この条件なら初日に森へ行きます。

別に森を舐めているわけではありません。それが最も生存率が高いと思うからですね。
ドラマやアニメじゃなくても死の危険が迫ったとき自分のことしか考えられなくなり、全てを犠牲にしてでも生きることを優先するのはもはや生き物としての当たり前の行動。
人の肉を食べるとか言う猟奇じみた発想になるかは別としても、こいつを殺して食料を奪う程度の発想になってもなんら不思議ではありませんし、そもそも現状維持をしていて助かる見込みが低いならとりあえず一歩踏み出すほうがマシだと自分は考えます

「何もせずに死ぬ」よりは「やってみたけど死んだ」方がマシだと思うんです。仮に動いたせいで死んだとしてもそっちの方が生存率が高かったならば、運が悪かったとあきらめるしかないですね。


咲sakiで部長がのどかに言った「貴方はたった1回の人生でも、論理と計算で生きていくの?」

答えは難しいですがこういう場合はyesです。
自分の場合悪い待ちにするよりいい待ちを選びますね。
ゲームの主人公であれば悪い待ちを選ぶこともやぶさかではありませんが俺はただの人間ですし

結局のところなるようにしかならない、それならば少しでも可能性が高い道を選ぶ

そういった感じです・へ・

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